クリニック経営の悩みで、いま最も多いのは「人」です。看護師・医療事務の採用難、上がり続ける人件費、そして突然の退職── 診療がどれだけ順調でも、スタッフが定着しない医院の経営は安定しません。このページでは、採用(媒体の選び方と費用・面接質問シート・採用のコツ)、給与設計、退職防止の3つを、医業専門30年超の湯沢会計事務所が実務目線で解説します。
採用媒体は「無料系」「広告掲載系」「成功報酬系」「紹介会社」の4階層で考えます。費用は一般的な目安(税抜概算)です。
| 媒体 | 費用の目安 | 特徴と使いどころ |
|---|---|---|
| ハローワーク | 無料 | 地方では今も有力。地元在住・長期勤務希望の層に届く。求人票の書き方(仕事内容の具体性・写真)で応募数が大きく変わる |
| 自院HPの採用ページ・SNS | ほぼ無料〜制作費数万円 | 応募前に必ず見られる「受け皿」。院内の雰囲気・スタッフの声・1日の流れを載せるだけで応募の質が上がる |
| Indeed等の求人検索エンジン | 無料掲載〜月3〜10万円(クリック課金) | 無料で始めて、急募時だけ有料運用に切り替える使い方が効率的 |
| 医療系求人サイト(掲載課金型) | 月5〜30万円程度 | とらばーゆ・地域求人誌など。掲載期間中は応募何人でも定額。複数名採用や通年募集向き |
| 医療系求人サイト(成功報酬型) | 採用1人あたり20〜40万円程度 | ジョブメドレー・グッピー等。採用が決まるまで費用ゼロ。1名だけ確実に採りたいときに合理的 |
| 人材紹介会社(看護師・医療事務) | 理論年収の20〜30%(看護師で70〜100万円超) | 最も高額だが、急募・有資格者・条件交渉まで任せたい場合の最終手段。返金規定(早期退職時)を必ず確認 |
| スタッフからの紹介(リファラル) | 紹介料3〜10万円程度(自院規程) | 定着率が最も高い採用ルート。紹介料制度を就業規則・規程で明文化しておく |
面接で聞くべきことは「スキル」「人柄・協調性」「条件の合致」の3領域です。当事務所が顧問先にお渡ししている質問シートを公開します。質問の狙いごと、答えのどこを見るかも添えています。
「患者対応で大切なことは何だと思いますか」という質問には、誰でも模範解答を返せます。見るべきは実際にどう行動してきたかです。Q4・Q5のように「経験+そのとき取った行動」をセットで聞くと、入職後の働きぶりの再現性が見えます。
5〜10人のクリニックでは、一人の不協和音が組織全体に響きます。レセプトや採血の技術は入職後に教えられますが、人柄は教えられません。「経験は十分だが既存スタッフと合わなそう」な応募者より、「経験は浅いが素直で感じがよい」応募者の方が、1年後に戦力になっているのが実務の体感です。
可能なら古参スタッフにも面接や職場見学に同席してもらいます。一緒に働く側の直感は驚くほど正確で、採用に関与したスタッフは新人の定着にも協力的になります。
採用前に30分でも院内を見てもらい、可能なら半日の職場体験を組みます。お互いの「想像と違った」を入職前に消すことが、早期退職の最大の予防策です。
いい人材は複数の医院から声がかかっています。応募から面接まで3日以内、面接から内定連絡まで原則翌日── 地方の採用は条件よりスピードで決まることが少なくありません。
給与・残業・休日・試用期間の条件は、よく見せずに正直に伝え、労働条件通知書で書面化します。入口で盛った条件は、必ず退職理由になって返ってきます。
基本形は「院長+もう1人」の2名体制です。もう1人は、開業前なら配偶者(事務長役)や開業コンサルタント、開業後なら主任クラスの古参スタッフが最適です。院長は診療スキルや志望動機を、もう1人は「既存チームと一緒に働けるか」を見る、という役割分担にします。院長一人の面接は、応募者が院長にだけ良い顔をする「面接用の顔」を見抜けません。逆に大人数で囲むのは圧迫になり、応募者の素が出なくなるため、面接官は最大でも3名までが適切です。
クリニックの採用は原則1回、できれば「面接1回+職場見学(または半日体験)」のセットが最適解です。理由は2つあります。第一に、看護師・医療事務の採用市場では2次面接を待ってくれる応募者は少なく、2回面接にこだわると他院に取られるからです。第二に、2回目の面接で得られる追加情報より、30分の職場見学で双方が得る情報の方がはるかに多いからです。例外は、主任・リーダー候補など処遇の高いポジションで、この場合のみ「1次:院長+スタッフ、2次:院長と条件面談」の2回構成にします。なお1回の面接時間は30〜45分を目安に、Q1〜Q10の質問シートを軸に進めれば過不足ありません。
給与は院長の感覚ではなく、同じ診療圏の求人の提示額から決めます。以下は地方圏の無床診療所の一般的な目安(2026年時点・税込総支給、賞与除く)です。都市部はこれより月1〜3万円程度高くなります。
| 職種 | 正職員(月給) | パート(時給) | 設定のポイント |
|---|---|---|---|
| 看護師(正看護師) | 26〜32万円 | 1,500〜1,900円 | 採用難の最右翼。相場の下限では応募が来ない。経験・前職給与による加算ルールを用意 |
| 准看護師 | 23〜27万円 | 1,300〜1,600円 | 正看との差は月2〜4万円程度が一般的。同一業務での過度な差は不満の元 |
| 医療事務 | 18〜22万円 | 1,050〜1,300円 | 未経験採用も可能な職種。資格手当・レセプト手当で経験者を厚遇する設計に |
| 歯科衛生士 | 25〜30万円 | 1,500〜1,800円 | 看護師以上の採用難地域も。予防歯科の収益貢献に見合う水準が必要 |
| 歯科助手・受付 | 17〜21万円 | 1,020〜1,250円 | 最低賃金の上昇に最も影響を受ける層。毎年の引上げ原資を計画に織り込む |
| 理学療法士(整形) | 25〜30万円 | 1,700〜2,200円 | リハ収益の担い手。単位数と連動した手当設計も有効 |
| 視能訓練士(眼科) | 23〜28万円 | 1,500〜1,900円 | 有資格者が少なく地域差が大きい。地域相場の事前調査が必須 |
参考にはするが、合わせにいかないが正解です。まず自院の職種別給与テーブル(基本給+経験加算のルール)を作り、前職給与は「経験年数・スキルを評価する際の参考情報」として使います。前職が高い応募者にそのまま合わせると、既存スタッフとの逆転が起きて院内の納得感が崩れます。どうしても採りたい人材で前職水準が必要なら、基本給ではなく職務手当・資格手当など説明可能な手当で差をつけ、「なぜその金額か」を既存スタッフにも説明できる形にしておきます。逆に前職が極端に低い場合も、自院のテーブルどおりに提示します。安く採れた人は、相場に気づいたとき静かに辞めていきます。
クリニックの定期昇給の相場は年1回・月額3,000〜8,000円(基本給の1〜3%程度)です。2026年改定のベースアップ評価料が目標とする賃上げ率(+3.2%、看護補助者・事務職員は+5.7%)も一つの目安になります。金額の大小より、「毎年、評価にもとづいて必ず見直される」という予測可能性が定着には効きます。なお昇給原資は、ベースアップ評価料や業務改善助成金で相当部分を制度的に確保できます。
法律上、昇給は義務ではありません。義務になるかどうかは就業規則(賃金規程)の書き方次第です。「毎年4月に昇給を行う」と書き切ると経営悪化時にも拘束されるため、実務では「昇給は原則として年1回行う。ただし、法人(医院)の経営状況により行わないこと、または時期を変更することがある」という留保つきの規定にしておくのが定石です。また、昇給を青天井にしないために、職種ごとの上限(号俸の上限)を設けたり、一定年次以降は定期昇給ではなく役割・評価に応じた昇給に切り替える設計も有効です。大切なのは、規定と運用を一致させること。規定にない昇給の見送りは、不利益変更のトラブルの火種になります(規程の整備は提携社会保険労務士と連携して対応します)。
開業初年度から満額の賞与を出す必要はありませんが、「寸志」(一人3〜10万円程度)は出すことを強くおすすめします。開業期のスタッフは、立ち上げの混乱を一緒に乗り越えてくれた功労者です。ここでゼロ回答をすると「この医院は報いない」という最初の刷り込みになり、2年目の退職につながります。求人票には「賞与:業績による(初年度は寸志)」と正直に書き、初回の冬に寸志+感謝の言葉をセットで渡す── これが定着への最初の投資です。
クリニックの賞与相場は年2回(夏・冬)合計で基本給の2〜3ヶ月分です。軌道に乗った医院では3ヶ月分前後が一つの目安で、歯科は2〜3ヶ月分の幅に収まることが多い印象です。設計のポイントは2つ。第一に、固定部分(例:計2ヶ月分)と業績連動部分(0〜1ヶ月分)を分けること。全額を業績連動にすると生活設計ができず不安を生み、全額固定にすると業績悪化時に身動きが取れません。第二に、賞与はベースアップ評価料の過不足精算の場としても機能するため(支給設計のページ参照)、評価料の還元分と医院オリジナルの賞与を内部資料で区分しておくことです。なお賞与も社会保険料の対象である点を忘れずに、人件費率(医業収入の20〜25%)の枠内で総額を管理します。
法律上の義務はありませんが、出す制度を作ることをおすすめします。理由は3つ。①求人票の「退職金制度あり」は、長く働く前提の応募者を引き寄せるフィルターになる、②「長くいるほど得になる」設計は転職の踏みとどまり材料になる、③後述の中退共を使えば掛金は全額損金(必要経費)になり、税負担を抑えながら計画的に準備できるからです。逆に、制度なしで退職の都度「気持ちで」払うやり方は、金額の根拠がなく、もらえた人ともらえなかった人の不公平を生みます。
中小規模のクリニックの相場感は、自己都合退職でおおむね勤続5年で20〜40万円、勤続10年で50〜90万円、勤続20年で150〜250万円程度です(定年・会社都合はこの1.2〜1.5倍程度の設計が一般的)。これは後述の中退共の掛金月5,000円〜10,000円を続けた場合の受取額ともおおむね対応する水準で、「掛金を決めれば相場の退職金が自動的にできあがる」関係になっています。重要なのは金額の絶対額より、勤続年数に応じた支給基準を退職金規程として明文化しておくことです。
クリニックの第一選択は中小企業退職金共済(中退共)です。毎月の掛金(5,000円〜30,000円で選択)は個人開業なら全額必要経費、医療法人なら全額損金になり、新規加入時は掛金の一部を国が助成します。退職金は中退共から退職者へ直接支払われるため、退職時にまとまった資金を医院が用意する必要がなく、資金繰りを傷めません。代替・併用の選択肢として、商工会議所等の特定退職金共済(特退共)、医療法人であれば生命保険を活用した役員・従業員の退職金原資づくりもあります。避けるべきは「制度も積立もなく、退職のときに考える」やり方です。勤続20年のスタッフの退職金200万円は、その月の資金繰りに突然乗せるには重すぎます。毎月数千円の掛金として20年かけて分割払いしておく── それが中退共の本質です。
退職理由の建前は「家庭の事情」でも、本音の上位は人間関係(院長・古参スタッフとの関係)と、頑張りが評価されていないという感覚です。つまり退職防止の主戦場は給与テーブルではなく、日々のコミュニケーションにあります。
診療の合間に15分、月1回の1on1面談を入れるだけで、不満は退職届になる前に言葉として出てきます。「辞めます」は突然に見えて、実は数ヶ月前からサインが出ています。面談はそのサインの受信機です。
昇給額が同じでも、「今年は◯◯を頑張ってくれたから」と理由つきで伝えるかどうかで納得感はまったく違います。簡単な評価シート(接遇・正確性・協調性・改善提案の4項目程度)でよいので、評価→面談→昇給の順番を毎年回します。
子育て・介護世代が中心のクリニックでは、急な休みへの対応力が最大の福利厚生です。属人化を減らす業務マニュアル化と、医療DXによる省力化は、「お互い様」でカバーし合える余力をつくります。
退職金制度(中退共などの活用)、研修費の補助(人材開発支援助成金の活用)、ベースアップ手当の毎月支給── 長くいるほど得になる制度設計が、転職の踏みとどまり材料になります。あわせて就業規則・労働条件の整備は、トラブル予防の土台です(規程整備は提携社会保険労務士と連携して対応します)。
湯沢会計事務所は医業経営支援30年超。採用媒体の費用対効果の検証、人件費率と損益計画に基づいた給与・賞与の設計、ベースアップ評価料や助成金を組み込んだ賃上げ原資づくり、スタッフ研修まで、「人」の悩みを経営の数字と結びつけて支援します(就業規則等の整備は提携社会保険労務士と連携)。面接質問シートの院内用カスタマイズもご相談ください。初回相談は無料です。
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